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水戸地方裁判所 昭和40年(ワ)221号 判決

原告

三和商事株式会社

右代表者

山田歌吉

右代理人弁護士

尾中勝也

早瀬川武

被告

茂木弥一郎

右代理人弁護士

八木下繁一

右復代理人弁護士

八木下巽

主文

被告は、原告に対し金四三万二、六〇〇円及びこれに対する昭和四一年一月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実《省略》

理由

一、原告が昭和三九年一月一〇日Tから甲実用新案、すなわち同人が同三二年八月二九日出願、同三四年七月一日出願公告、同年一一月一二日第五〇二、三八二号をもつて登録した実用新案「納豆包装苞」を譲り受け、同月二三日その取得登録をなしたこと、右実用新案は納豆容器の構造に関するものであつて、その要旨は、別紙第一の図面表示ならびに説明書記載のとおり、「容器の長さに切截した藁(a)の両端部を針金(1)で編成した簀体(2)の内側中央の両端部に容器の横幅の長さに切截した藁(b)を針金(4)で編成した小簀体(3)、(3)'を対設し、その内側に多数の透孔を有するポリエチレン片(5)を止着した納豆容器の構造に存するもの」であること、納豆業者である被告が同三七年一二月頃から同四〇年一二月末頃まで乙考案の納豆容器を利用して納豆の製造販売をしていたこと、及び右考案に基づく納豆容器は、別紙第二の図面表示ならびに同説明書記載のとおり、「容器の長さに切截した藁(a)の両端部を針金(1)で編成するとともに、その中央部をナイロン糸(1a)で編成して簀体(2)を形成し、この簀体(2)の内側中央の両端部に容器の横幅の長さに切截した藁(b)を針金(4)で編成した一対の小簀体(3)、(3)'をホッチキス(4a)で取り付け、かつ内面に多数の透孔(6)を有するポリエチレン片(5)を添着(載置)してなる構造を有する納豆容器であつて、小簀体(3)、(3)'をしてこれを起立状態にするとともに、これが折り曲げによりその高さを適当に調節し、かつ簀体(2)の両側を起立して匣型に包装するようにしたもの」である事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二、原告は、被告の実施する乙考案は甲実用新案の技術的範囲に属する旨主張するので、以下この点について判断する。

(一)  甲実用新案の考案の要旨は

(1)  容器の長さに切截した藁(a)の両端部を針金(1)で編成した簀体(2)を有すること。

(2)  簀体(2)の内側中央の両端部に容器の横幅の長さに切截した藁(b)を針金(4)で編成した小簀体(3)、(3)'を対設していること。

(3)  簀体の内側に多数の透孔を有するポリエチレン片(5)を止着していること

の三要件からなり、これを使用する場合には、小簀体(3)、(3)'を適当な高さに折り曲げて起立し、次いで簀体(2)の両側を起立させてなつた匣型部分に納豆を容れた後簀体(2)の両側を小簀体(3)、(3)'の上面に沿つて折り曲げると、納豆はポリエチレン片で包まれ外側は藁の簀体よりなる匣型包装となる真実を認めることができる。

(二)  他方、乙号案は

(1)  容器の長さに切截した藁(a)の両端部を針金(1)で編成するとともに、その中央部をナイロン糸(1a)で編成した簀体(2)を有すること。

(2)  簀体(2)の内側中央の両端部に容器の横幅の長さに切截した藁(b)を針金(4)で編成した一対の小簀体(3)、(3)'をホッチキス(4a)取り付けたこと。

(3)  簀体の内面に多数の透孔(6)を有するポリエチレン片(5)を添着(載置)していること

の三要件からなり、これを使用する場合には、小簀体(3)、(3)'を適当な高さに折り曲げて起立させ、次いで簀体(2)の両側を起立させて納豆を入れ匣型に包装するようにしたものである事実を認めることができる。

(三)  そこで、甲実用新案と乙考案との構造を対比すると、両者ともに藁を基本材料とし、これを針金で編成して簀体を形成したこと、簀体の両側中央部に小簀体を取り付けたこと及び簀体の内側に多数の透孔を有するポリエチレン片を取り付けている点において一致するが、後者が簀体の編成に当りその中央部をナイロン糸で編成しているのに前者がこれを欠き、小簀体を簀体に取り付けるに当つて前者が対設として特にその方法を要件としていないのに対し後者がホッチキスで取り付けるとしている点において、また、簀体にポリエチレン片を取り付けるに当つて前者が止着であるのに対し後者が添着(載置)とする点において相違するから、以下この点について検討する。

(1)  簀体中央部をナイロン糸で編成する点について

藁、竹、篠等と細糸で簀体状に編成する場合には、編目の解れを防止するため、編目を増加し或いは細く編んだり、更には編糸の強度を増すためナイロン糸を使用するが如きは慣用されている通常の手段であり、また、本件の納豆包装苞に関する限り、簀体の両端部を針金で編成した甲実用新案と更にその中央部をナイロン糸で編成した乙考案とその作用効果の点においてさしたる差の存しない事実は、〈証拠〉を綜合して認めることができるから、乙考案における右ナイロン糸による編成の点は、単に付加されたものと認めざるを得ない。

(2)  小簀体の取り付け方法について

乙考案が、簀体内側中央の両端部に一対の小簀体をホッチキスで取り付けるのに対し、甲実用新案においては、小簀体を簀体の中央両端部に対設することを要件とするに止り、その取付方法を限定していないことは、既に説示したとおりであるから、乙考案の小簀体取り付けにかかる構成が甲実用新案の前示要件に包含されることは明らかである。

(3)  ポリエチレン片の取り付け方法について

前説示のとおり、甲実用新案は、簀体の内側に多数の透孔を有するポリエチレン片を止着するものであり、これを使用する場合には対設された小簀体を適当な高さに折り曲げて起立し、次いで簀体の両側を起立させて匣型になつた部分に納豆を容れ、簀体の両側を右小簀体の上面に沿つて折り曲げると納豆はポリエチレン片で包まれ、外側は藁の簀体よりなる匣型包装となるものであるから、別紙第一の図面表示ならびに説明書記載のとおり、右ポリエチレン片に(7)、(7)、(7)'、(7)'の切刻を必要とするものであるが、前示甲第一号証によると、右切刻の点はその構成要件とされておらず、また右ポリエチレン片止着の方法について何らの限定も存しない事実を認めることができるのである。他方、ポリエチレン片は柔軟な性質を有し、これを簀体に添着(載置)した場合にはこれによくなじんで切刻しなくても結局は簀体に附着するし、また、納豆を容れた場合に簀体及び小簀体を編成した針金、小簀体を取り付けるに当つて使用した金属類は直接納豆に触れることなく、またその透孔より藁を通じて通気ができること、その他前示の如き甲実用新案とその作用効果を共通にするものということができる。なるほど、簀体にポリエチレン片を添着(載置)する乙考案は、甲実用新案と異つてポリエチレン片に切刻する必要もなく、また納豆を取り出すに当つて簡便であり、かつ衛生的であることは、被告の主張するとおりであるが、右の程度をもつてしては、いまだ乙考案が甲実用新案と要件を異にするものとは認められない。してみると、乙考案のポリエチレン片取付方法も、また、甲実用新案の前示要件に包含されるものといわなければならない。

(四)  以上のとおり、乙考案は、甲実用新案権の考案の要旨とするところをすべて具備しているから、その技術的範囲に属するものといわなければならない。

(五)  被告は、乙考案は丙実用新案を改良した丁実用新案権を実施したものであつて、右丁実用新案は甲実用新案の技術的範囲に属しないとして、その理由を縷々主張する。しかしながら、甲実用新案が昭和三二年八月二九日の出願にかかるものであること、被告が業として実施していた乙考案が右実用新案の技術的範囲に属している事実は、いずれも既に説示したところであり、丁実用新案が同三二年一一月二八日出願、同三六年二月二三日出願公告同三七年三月八日第五六五、九二六号をもつて登録された事実は、当事者間に争いのないところである。してみると、仮りに乙考案が丁実用新案を実施したこと、被告の主張するとおりであつたとするなら、右丁実用新案は、とりもなおさず、その出願の日以前の出願にかかる甲実用新案と牴触するものというべきであるから、甲実用新案権者たる原告の承諾を得たことにつき何等の主張立証も存しない本件においては、被告の右主張を採用し得ないことは明らかである。

三、しかして、被告の右甲実用新案の侵害は、過失に出たものと推定さるべきことはいうまでもない。

四、進んで、甲実用新案の侵害による損害の点について検討する。

原告は、被告は甲実用新案の技術的範囲に属する乙考案にかかる納豆容器を利用して納豆を販売していたが、若しこれを原告が右実用新案にかかる納豆容器につき一手販売権を与えていた全国納豆容器協同組合から講入したらならば一個につき昭和三九年一二月末日までは金一円三〇銭、同四〇年一二月末日までは金一円四〇銭の支出を余儀なくされたものというべきところ、これを他から一個につき金一円二〇銭で購入していたのであるから、同三八年一月一日から同三九年一二月末日まで一個につき金一〇銭の割合により一、二四八万個分の金一二四万八、〇〇〇円、同四〇年一二月末日まで一個につき金二〇銭の割合による六二四万個分の金一二四万八、〇〇〇円合計金二四九万六、〇〇〇円の利得を得た旨主張するが、全国納豆容器協同組合の納豆容器の販売価格と被告が他から購入したそれの価格との差額をもつて直らに被告の利得と認め得ないこと、多言を要しないところであり、他に右利得の存在を認めるに足る証拠は存しない。

しかしながら、被告が昭和四三年一二月から同四〇年一二月末日まで乙考案にかかる納豆容器を利用し納豆の販売をなしていたこと、被告の休日が一週間に一日で右休日を除く一日の右容器使用個数が二万個であつたこと及び被告の右容器一個の購入価格が金一円二〇銭であつた事実は、いずれも当事者間に争いがなく、〈証拠〉を綜合すると、原告は甲実用新案にかかる納豆容器を同三九年までは一個につき金一円五銭で製作させて金一円三〇銭で販売し、同四〇年は一個金一円一五銭で製作させて金一円四〇銭で販売していたが、そのうち金一二銭は全国納豆容器協同組合に対し販売手数料として支払い、自らは一個につき金一三銭を取得していた事実を認めることができ、他にこれを動すに足る証拠は存しない。

してみると、被告が原告の承諾のもとに乙考案に基づく納豆容器を利用して納豆の販売をなしたとするなら、格別の事情を認められない本件においては、原告は、甲実用新案につき取得登録をなした日の翌日たる昭和三九年一月二四日から同年一二月末日まで五八八万個、同四〇年一月一日から同年一二月末日まで六二四万個につき、前者については一個についてその主張するところの金一〇銭、後者については金一三銭の割合による合計金一三九万九、二〇〇円の利益を得たというべきであるから、被告の本件侵害行為により同額の損害を蒙つたものとしなければならないが、原告の右取得登録以前の同三八年一月一日から同三九年一月二三日までの甲実用新案の侵害を理由とする損害賠償の請求が失当であることは、多く説明を要しないところである。

しかして、被告の右実用新案の侵害については、前叙認定のとおり被告の過失によるものと推定されるものであるが、〈証拠〉を綜合すると、丁実用新案権者であつたS産業は昭和三七年一一月一五日茨城県納豆出荷協同組合に対し同四一年五月一四日まで自動製莚機一台による製作量につき使用目的を同組合使用と限定したうえ実施料を金六万円と定めて右実用薪案の実施を許諾し、更に同社は同三八年八月一〇日Oに対し同四三年まで自動製莚機一台による製作量につき使用目的を同組合員と限定したうえ実施料を金六万円と定めて右実用新案の実施を許諾し、同組合の組合員である被告において右組合及びOから乙考案に基づく納豆容器を購入しこれを利用して納豆の販売をなしていたのであるが、被告は、同四〇年一二月原告から右納豆容器が甲実用新案に牴触する旨の通告を受けるや間もなくその利用を中止した事実を認めることができ、右納豆容器が甲実用新案の権利範囲内に属するか否かの判断については高度の専門的知識を必要とすることは、叙上に説示したところから明らかであるから、被告にこれが適確な判断を期待することは難きを強いるものであるばかりでなく、ある実用新案権の実施権者からその考案を実施した物品を購入した者はそれが他の実用新案権を侵害する場合においても善意であるのが通常であること等を勘案すると、被告の甲実用新案の侵害は軽過失に出たものと認めるのが相当である。そこで、本件記録に顕われた諸般の事情を総合すると、被告の原告に対する損害賠償額は、前示金一三九万七、二〇〇円の二分の一たる金六九万九、六〇〇円の限度に止めるのが相当である。

五、被告は、原告S産業から丁実用新案の実施許諾を得たK、O等に対し甲実用新案の侵害を理由とする損害賠償の請求をなさない旨を約したか、然らずとするも、S産業から原告に対する丁実用新案の譲渡は、甲実用新案の侵害を理由とする損害賠償請求権を放棄する代償としてなされたものであるから、いずれにせよK等から乙考案に基づく納豆容器を購入して利用していた被告に対する損害賠償請求権もまた消滅した旨主張するが、これを認めるに足る証拠は存しないばかりでなく、仮りにS産業とK等との間において被告主張の如き契約が成立し、かつ、S産業から原告に対する丁実用新案の譲渡が被告主張の趣旨でなされたものであつたとしても、右各契約の当事者でない被告に対する本件損害賠償請求権が消滅したとは到底認められないから、被告の右主張は、いずれも失当というほかはない。

六、そこで、被告の時効消滅の抗弁について判断する。被告が乙考案に基づく納豆容器を利用して納豆の販売をなしていた事実は、既に説示したところであり、原告が昭和四〇年一〇月八日被告に対し「被告は原告に対し乙考案の納豆容器を利用した納豆を製造販売はん布してはならない。被告は原告に対し昭和三九年一二月一日から右中止に至るまで一カ月金九万円の割合による金員を支払え。」なる旨の本件訴を提起したが、同四三年一〇月二五日訴変更の申立書によつて「被告は原告に対し金一八〇万円及びこれに対する同四一年一月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。」との損害賠償請求の訴に変更したこと及び右金一八〇万円の請求は被告が同三九年一月二四日から同四〇年一二月末日まで被告が乙考案に基づく納豆容器を利用して納豆を販売したことによる甲実用新案の侵害を理由とする損害の賠償であることは、本件記録に徴して明らかである。してみると、他に中断事由につき主張も立証も存しない本件においては、原告の被告に対する前記損害賠償請求権のうち同三九年一月二四日から同年一一月三〇日までの金二六万七、〇〇〇円(右の期間三一二日らら休日四五日を控除した二六七日に一日二万個の割合によつて算出した五三四万個に前示金一〇銭を乗じたものの二分の一)は、おそくともそれより三年を経過した同四二年一一月三〇日限り時効により消滅したものというべきである。被告は、原告の損害賠償請求権のうち同三九年一二月一日から同四〇年一一月一四日までのものについては一カ月金九万円を超過する部分も時効によつて消滅した旨主張するが、前叙事実によれば、原告の被告に対する損害賠償請求権は、被告主張の期間一カ月金九万円を出なかつたことが明らかであるから、右主張を採用することはできない。原告は、原告が甲実用新案の侵害数、損害額を知つたのは同四三年九月一二日であるから時効期間も同日から進行する旨主張するが、原告は本訴を提起した日と同じ日に証拠保全の申立(当庁昭和四〇年(モ)第二八〇号事件)をなし同年一一月一九日被告方において原告訴訟代理人の立会のうえ、乙考案に基づく納豆容器及び昭和三九年、同四〇年分の仕入帳の検証が施行され、該検証調書(そのうちの右帳簿はその後甲第五号証として提出された。)には右納豆容器の仕入年月日、数量、価格が詳細記帳されている事実は、一件記録に徴して明らかであるから、原告は遅くとも右同日詳細に被告の右侵害の事実を知悉するに至つたものというべきであり、従つて、原告の右主張は当を得たものとはいえない。

七、以上の次第であるから、原告の本訴請求は、損害賠償として被告に対し金四三万二、六〇〇円及びこれに対する不法行為後の昭和四一年一月一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度においては正当であるから認容すべきものであるが、その余は失当として棄却すべきものである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(石崎政男 長久保武 水口雅資)

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